DX(デジタル・トランスフォーメーション)の目的とは何なのでしょうか?
その問いに対して、「DXの目的はUX(ユーザー・エクスペリエンス)である」と、株式会社ビービット 東アジア営業責任者の藤井保文氏は答えています。藤井氏はデジタルデータの活用が進んでいる今の世界を「アフターデジタル」と捉え、企業が取り組むべきDXの方向性を示しています。
多くの企業においてDXへの取り組みが加速している今、その目的は企業(事業)サイドの視点以外でも語られているでしょうか?DXは、自社の顧客にはどんなメリットをもたらすのでしょうか?
この記事では、藤井氏が「アフターデジタル時代におけるあるべき企業の在り方」と題して講演した内容をご紹介します。今回は後編になります。
藤井 保文 氏
株式会社ビービット
東アジア営業責任者
〈プロフィール〉
1984年生まれ。東京大学大学院修了。上海・台北・東京を拠点に活動。国内外のUX思想を探究し、実践者として企業・政府へのアドバイザリーに取り組む。著作『アフターデジタル』シリーズは累計15万部を突破。AIやスマートシティ、メディアや文化の専門家とも意見を交わし、新しい人と社会の在り方を模索し続けている。https://www.bebit.co.jp/
良質なユーザー体験が行動データ蓄積のカギになる
OMO(Online Merges with Offline)とは
「アフターデジタル」で、成功企業が持っている思考法「OMO(Online Merges with Offline)」について説明します。
OMO(Online Merges with Offline)とは、「オンラインとオフラインを統合させる」という意味ですが、「オンラインとオフラインを両方使わないといけない」と思われていたり、「両方使えばOMOだ」と言われたりすることもあり、個人的には釈然としない気持ちになっています。
OMOは、オンラインとオフラインを分けるのではなく一体として捉え、オンラインでの戦い方の競争原理から考える、ということです。
イメージとして、AIスピーカーを考えてみてください。Alexaに対して何か言って指示をすることは、オンラインでもオフラインでもあります。ユーザーにとってはオンラインであるかオフラインであるかは関係ありません。便利にしたいだけです。
これはユーザーからの視線ですが、一方で企業側はオンラインを担当する部署とオフラインを担当する部署はほとんどの場合、別になっています。これはメリットもありますが、デメリットもあります。例えば、オンラインとオフラインが一体になったKPIやユーザー体験を把握することはしづらくなります。これではユーザー視線には対応できません。
ユーザー体験が起点として、そのためにどのようにシステムを作るかが必要になります。あくまでユーザー体験が先にあるということですね。
「アフターデジタル」では、産業構造が大きく変わる
「アフターデジタル」では、産業構造が大きく変わります。今までは良い商品を安く作って、広い範囲で流通することに強みがありました。メーカー主導の構造であったと言えます。
今は、行動データをなるべくたくさん持って、ユーザーの行動を理解していることが強みになります。
この図は今の中国の構造を示しています。
≪アフターデジタル中国の産業構造≫
(株式会社ビービット 藤井保文氏 講演資料より)
決済プラットフォーマーが上部にいます。その下にはサービスを提供している会社・アプリがあります。このような移動や飲食、娯楽など様々な分野に広がっています。購入の際には決済が必ず生じますので、行動データを必ず得ることができます。決済データは、その人の購買特性や支払い能力がわかるので価値が高いデータです。
サービサーの提供するサービスは圧倒的な顧客体験を提供しているので、圧倒的なユーザー数を獲得しています。メーカーは、サービサーの持っている顧客データを得られないと、正しく販売することができなかったり、市場規模を捉えた製品企画ができなくなります。
また、サービサーの場を借りないと、顧客にリーチすることも難しくなります。つまり、サービサーの下請けのようになってしまうかと思います。これがまさに今、中国で起きつつあることです。
日本でも、決済プラットフォーマーの動きが活発になっています。各企業が熾烈な戦いをしています。アメリカでは、GAFAに代表される企業が検索プラットフォームやSNSサービスで、顧客データを習得できる上位の位置にいます。アメリカの場合は、メーカーが最下層に位置するわけではなく、メーカーであっても、しっかりと顧客の情報を取集し、関係構築している企業もあります。
良質な行動データをとるには
これまで、行動データの重要性について説明してきました。
では、「行動データをどのように取ればいいか」という議論になりがちですが、ここで矛盾が生じます。行動データを取ろうとすればするほど、行動データは取れなくなってしまうからです。
消費者の立場になればわかると思います。
行動データを取ろうとしていることが伝わるアプリは使いたくないですよね。アプリをインストールして、使いにくかったのですぐに利用を止めてしまうことがよくあると思います。
ユーザーにとって大事なのは「便利か、楽か、使いやすいか」です。最初に質の高い体験ができて、初めて継続してサービスを使うことになります。そして、何度も使うことができるようになると行動データは蓄積されていきます。つまり、UXが良いので行動データが貯まるわけです。得られたデータをもとに一人一人にパーソナライズして提供することができるようになると、よりお客様の満足度が上がり、さらに行動データが取れるようになります。データの精度が上がると、UXにフィードバックして、さらに体験を向上させることができます。
≪エクスペリエンス×行動データ≫
(株式会社ビービット 藤井保文氏 講演資料より)
このループを作ることが非常に重要です。そして、ループの起点は必ずUXになります。顧客体験が起点になっているからこそデータを集めることができるのです。
(株式会社ビービット 藤井保文氏 講演資料より)
DXにUXが必要な理由
DXは、どうしても勘違いされる傾向があります。
システム導入してデータを統合させるだとか、効率化するだとか、そういったことをまず考えてしまいがちです。
DXの目的とは何なのでしょうか?
それはシステムを導入して円滑にすることではありません。行動データを得ることができるようになった時代において、新たなUXを顧客に提供することです。これが一番大きな変化であると考えています。
これまでのモノを販売する方法から、体験を販売する方法へシフトしなければいけません。当然、顧客との関係性も変わっていきます。変わった時に、どのような体験を提供するべきなのかをまず考えて、そこからビジネスモデルが変わり、会社の組織構造が変わっていきます。
最初に取り組むべきことは、新たなUXを提供することになります。顧客との関係性を再構築することです。その意味で、DXの目的は「新たなUXの提供」にあると考えています。
世界観づくりと、価値の再定義
顧客体験を点から線へ
「アフターデジタル」では時代変化を捉えることが重要になります。どういう時代なのかということですが、本質的には、「ユーザーに選択権が与えられた時代」と捉えることができます。
例えば、クルマであれば、好みを車を探す方法にも限界がありましたが、今ではインターネットですぐにいろいろなクルマの情報を調べることができますし、購入したユーザーの評価も調べることができます。また、これまでは「所有する」しか選択肢がありませんでしたが、今では「利用だけする」こともできます。
では、ユーザーは必ずデジタル対応をしている企業を選ぶのでしょうか。そんなことはありません。デジタルとは関係なく、自分が気にいった商品を自由に選んでいます。ですので、「アフターデジタル」では、今まで以上に提供価値をしっかりと提示しないといけない時代であると思います。
しかも、体験を提供する場合は、様々な接点でバラバラの価値を提供することになってしまうと、ユーザーから見るとチグハグに感じられてしまいます。
それを避けるためには、それぞれで顧客と接するメンバーが同じ価値、世界観を認識していないといけません。そのためにも自社の提供する価値をしっかりと定義しておく必要があります。言葉にして明確にしておくことが良いでしょう。
中国スターバックスの事例
「価値観の再定義」について、中国におけるスターバックスの事例は非常にユニークです。
スターバックスは中国に非常に力を入れており、一年間で500店舗も出店をしていました。しかし、2018年に前年比2%の売上減になりました。当然、スターバックスは売上減の理由をすぐに調べ、それがデリバリー対応にしっかりと対応していなかったことが原因だったことがわかりました。
「第三の場所」として、お客様に来店いただき、出来立てで上質なコーヒーを楽しんでいただくことに注力してきたわけですが、中国ではコーヒーもデリバリーして飲むことが当たり前になってしまったんです。
そこで、スターバックスはスターバックスらしいデリバリーをすることに方針変換をしました。品質を保つために、最短でデリバリーをする方式を採用しました。「第三の場所」をデジタル時代に対応した、「いつでもどこでも」に変えたわけです。
高い品質のコーヒーを迅速に届けるということに価値観を再定義し、デリバリーだけの「スターバックスオン」というお店を開きました。この戦略変換によってV字回復を達成しました。このようにスターバックスも戦略を変換しています。
DXは既存事業の顧客体験の改善から
今のように変化の激しい時代、全くの異業種から参入してきた会社がその市場を破壊的に支配することが起きています。こういった状況では、固定的な製品やサービスを作ることが非常にリスクが高いことになっています。あっという間にコモディティ化してしまう中で、すぐにアップデートができる商品の方が優位になっています。
これは製品だけではなく、その製品をすぐにアップデートできる人材がいるかどうかも重要になります。
また、DXをおこなう場合は、どうしても新規事業に手を出してしまいがちですが、新規事業として小さな予算の中でトライアルをすると他の企業に真似をされてしまいがちです。
ですので、それよりもむしろ今ある既存の事業から行動データを取り、顧客体験を改善していく、その情報を元に新しい機能を作っていくことの方が良いと思います。
言ってみれば、顧客体験の改善活動ですね。それがとても重要な要素になります。こうすることで「新しい接点作り」にもつながり、新たなデータの獲得にもつながります。
≪「UXをアップデートし続けるUXチーム」が必須≫
(株式会社ビービット 藤井保文氏 講演資料より)
まとめ
今回の記事は以下の4つのポイントについて、事例を含めて紹介しました。読者の皆さんの企業でもDXへの関心は高まっているところも多いかと思いますが、今一度このポイントに沿ってあるべき姿に立ち戻って考えてみることも有効ではないでしょうか?
1.モバイルの浸透によって、ウェブ、デジタルの世界は大きく変化しており、アフターデジタルと言える世界が到来しています。
2.提供すべきUXの議論が行われるべきであり、中身のないデータの議論に意味はありません。DXの目的は新たなUX提供であると考えられます。
3.新たなUX提供を行うための最重要項目は世界観作りです。環境変化に合わせた価値の再定義を行い、人々の状況に合致したものであるべきです。
4.また組織として、世界観を共有しながらユーザー理解を常日頃行い、UXをアップデータし続けるチームが求められています。