イノベーションの創出に優れた組織とそうでない組織を隔てるものは何でしょうか?
その1つに社外のリソースの活用をあげたいと思います。
たとえば、優れたアイデアをもつスタートアップと連携し、自社単独では実現できない新規事業開発を推進する、などです。
また、企業が自社内の特定事業を独立させる「カーブアウト・スタートアップ」もオープンイノベーションの新潮流として注目されるようになってきました。
今回は、大企業の新規事業開発コンサルおよびスタートアップ投資を数多く手がけてきた福島彰一郎氏にスタートアップと連携する10のポイントをはじめ、オープンイノベーションを成功させる手法と技術者の持つべきマインドについてお話を伺いました。
※この記事では一般社団法人日本能率協会が発行している機関紙「JMAマネジメント 2020年10月号」の掲載記事をご紹介しています。
東京大学協創プラットフォーム開発(東大IPC)
パートナー 福島彰一郎
【プロフィール】(取材当時)
2018年より東大IPCに参加。工学系分野を中心としたベンチャー創出と事業評価を管掌。戦略系コンサルティング会社の取締役として、大手生産財メーカーを中心に新製品開発・新規事業開発コンサルティングで18年以上の実績をもつ。また技術者向けの実践的なビジネスリーダー育成プロジェクトも多数実施。技術経営分野の講演や執筆活動も行う。東京大学大学院工学系研究科材料学専攻修了、東京大学先端科学技術研究センター研究生、カーネギーメロン大学技術政策学部(Engineering Public Policy)修了。
社外リソースを活用
新規事業開発の手法の1つにオープンイノベーションがあります。
環境変化が激しく先が読めない時代にあっては、大企業であっても社内のリソースだけでは間に合いません。そこで社外のリソースを活用し、スタートアップなどを巻き込んでいく必要が出てくるのです。
大企業とスタートアップというと、まったく別の世界と考える方がいるかもしれません。しかしスタートアップを「社外で行う新規事業開発プロジェクト」と捉え、うまく連携できれば、競争力を高めることができます。
連携の10のポイント
とはいえ、言うは易く行うは難し。私は東京大学発のベンチャーキャピタルでスタートアップ投資を行っていますが、その経験を踏まえると、大企業がスタートアップと連携するには10のポイントがあると考えています。
①自社の基本戦略が明確になっていること
スタートアップとの連携を議論する前に、そもそも「何をしたいのか」を議論しなければなりません。たとえば、自社のコア技術を起点に、製品・サービス、ビジネスモデル、エコシステムを構想していく。
この議論のなかで、社内でまかなう領域と社外に出す領域が明確化します。「ここのパーツは社内に足りないから、強力なパートナーが必要だ」と発想するわけです。
②スタートアップとの連携の戦略的重要性が社内に啓蒙され、共有されていること
大企業の経営トップが連携に積極的なのに、現場は白けていて非協力的。スタートアップにしてみれば「話が違う」というケースがしばしばあります。
スタートアップの業界は一種の「村社会」ですから、ひとたび悪評がたつと一気に広まり、ほかのスタートアップからも相手にされなくなるおそれがあります。
連携に動く前に「なぜスタートアップとの連携が重要なのか」社内の理解を深めておくことが欠かせません。
③経営トップのコミットメントがあること
新規事業を生み出すイノベーターはえてして、変わった価値観、変わった思考の持ち主です。時には組織のなかで浮いてしまうことも。経営トップ自らがコミットし、彼らを守り、支援することが望まれます。
④自社開発だけでは達成しにくい、ストレッチ目標を設定すること
社外との連携による新規事業開発をめざすからには、自社単独では達成できないレベルにあるストレッチ目標を設定するべきです。
これは「社外のスタートアップと連携するしかない」という意識を社内に醸成する助けにもなります。
⑤自社が行う開発領域、スタートアップを活用する領域の明確化
自社の基本戦略(①)が明確になれば、外部のスタートアップと連携する領域と自社で担う領域も、おのずと明らかになります。
研究開発部門や新規事業部門、CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)が連携して議論をしておくことです。
⑥CVCの設置
CVCとは、事業会社が自己資金でファンドを組成し、スタートアップへの出資や支援を行うための専門の部署のことです。
スタートアップから見れば、CVCは大企業とワンストップで楽にやりとりできる窓口でもあります。人員が不足しがちなスタートアップは大企業の複数の部署とやりとりするだけでも疲弊します。
「CVCがあると、いいスタートアップが近づいてくる」ともいえます。
またCVCは、社外のスタートアップを常時モニタリングし、情報収集に努めるほか、スタートアップとの連携ノウハウを溜める役割も果たします。
⑦互いの違いを理解すること
大企業とスタートアップの違いはさまざまです。たとえば、スタートアップは1つの領域に絞り、「局地戦」をしかけています。しかも人生をかけて「フルスイング」しているので、土日関係なく働きます。
さらにベンチャーキャピタルからお金が入ると、彼らは「キッチンタイマーがスタートする」という言い方をするのですが、「○○までにお金を返す」「〇〇までに上場する」といった期日に向けてまさに命がけで頑張ろうとします。
一方で大企業には「分散投資の一環」という姿勢があり、スタートアップとの温度差が生じます。
スタートアップの要望に対して大企業がのんびり対応しようものなら、その瞬間「大企業はわかっていないな」と見なされます。大企業とスタートアップとの連携においてはありがちです。
ベンチャーキャピタルの視点に立つなら、大企業の新規事業を評価するときは事業計画そのものを見るのに対し、スタートアップの新規事業は、事業計画よりも経営者あるいは経営チームを見る、という違いもあります。
つまりスタートアップを評価するときは「人」を見ているのです。
十分なスキルや経験はあるか、コミュニケーションは取れているか、ビジョンは腹落ちしているか、「困難があってもこのチームなら、なんとかするだろう」と思えるか。そうした「人」の部分が確かなら、事業計画が多少粗削りでも、出資するという判断を下します。
大企業の新規事業の場合は、やはり事業計画の精緻さを見ます。これには「大企業はそのチームがだめでも代わりの人間がいるから」という事情もあるかもしれません。
⑧信頼関係を醸成すること
提携前から意識的に、それもインフォーマル面での信頼関係の醸成に努めていただきたいと思います。大企業とスタートアップの違いこそあれ、両者は一体となってイノベーションを起こすパートナーです。
フォーマル/インフォーマル問わず、パートナーとしての信頼関係を培う努力を怠ると、不幸な結果に終わります。
⑨互いに学びと成長があること
両者の違いを理解したうえでリスペクトする。大企業とスタートアップが連携しシナジーや学びを生み出すには、夫婦関係にも似た姿勢が必要かと思います。
⑩スタートアップの急速な成長に柔軟に対応できること
スタートアップの成長スピードは急速です。設立時は経営チームだけだったのが、資金調達を経て、20人、50人、100人と従業員規模はみるみる拡大していきます。提携を続けるなら、そうした変化に対応できるだけの柔軟性が、大企業にも望まれます。
増えるカーブアウト
オープンイノベーションの新潮流「カーブアウト・スタートアップ」をご紹介しましょう。
これは企業が自社内の特定事業を独立させるものです。
NECは昨年、dot Data(ドットデータ)をカーブアウトさせました。ドットデータは、データ分析をAIで自動化するソフトウェアを開発・販売する会社です。
AIといえば昨今のトレンドであり、「NEC社内で進めるべきでは?」と思われるかもしれません。
これには事情があります。
ドットデータのCEOは史上最年少でNECの主席研究員となった藤巻遼平氏。もともとNECがAIを推し進めていくにあたってのキーパーソンであり、本来は外に出したくはなかったはずの人材です。
しかし大企業ゆえの意思決定の遅さなどにより、優秀な人材が辞めていく危機感があったと思われます。こうした流れも、NECがカーブアウトを許した理由のひとつでしょう。給与体系も人事制度も、資金調達も藤巻氏の自由、ただしNECも出資し、ビジネスでも連携していきます。
以前はカーブアウトというと、ノンコア事業の切り離しが中心でした。
しかし現在はコア事業であっても、諸事情から社内で進めにくいものを本体から切り離す動きが出てきています。
これにより異分野との協業が促進され、また既存事業とのカニバリを回避できるとのメリットもあります。事業がうまくいけば母体となった企業が買い戻す選択肢も出てきます。
技術者に望むマインドセット
こうしたイノベーションにおける「技術者」の役割とは何でしょうか。単なる技術者ではなく、新たな価値を生み出し、イノベーションを起こす技術者に望むマインドセットがあります。
フィロソフィー
第一にはフィロソフィー、熱い思いです。スタートアップと大企業の最大の違いは、理念とビジョンがあるかないか。
これまで私は大企業の新規事業のプロジェクトを山ほど見てきましたが、売上目標を掲げて事業計画をつくる方はいても、理念とビジョンを熱く語る方はそうはいませんでした。
一方スタートアップは、至らぬところは多々あれど、すさまじい熱さがあります。
「困難があっても最後には乗り越えるはず」と期待させてくれます。また、そうした熱があるからこそ仲間が集まってくるともいえます。
顧客の重要課題の発見
また、顧客の重要課題の発見に時間をかけることです。技術者が敬遠する部分かもしれませんが、課題を深く理解し、課題解決のための具体的なアプローチを考えていく。
その間、目立った成果はあがりませんが、急いではいけません。
加えて、課題解決に必要な知識の学習です。課題解決のプロセスにおいてはAIのことがわからない、ファイナンスのことがわからないといった事態に遭遇するでしょう。
しかし必要だと思えば自ら勉強すること。会社に研修を用意してもらわなければ学習できないようでは、新規事業など立ち上がりません。
社内ポリティクス対応
意外と重要なのは社内ポリティクス対応です。大きな組織は、優秀な人材や設備に恵まれている一方で、多くのしがらみがあることも否定できません。そのなかでも仲間をつくり、味方を増やしていく。これも大切なスキルの1つです。
最後に、こうしたイノベーションをめざす技術者を守り、支援する経営トップの存在も欠かせないということを、付け加えたいと思います。
イノベーションのためのセーフティーネットが出来つつある
東大IPCとしては引き続き、こうした取り組みを通じてイノベーションのお手伝いをしていきたいと考えています。
以前なら、社内のしがらみや予算が新規事業開発の妨げになったかもしれませんが、昨今、外部と連携するための環境が整い、新規事業開発をするにも選択肢が増えていると感じます。ドットデータの事例もあります。
母体企業から離れて自由にビジネスをしつつ、しかし母体企業の出資を受け、ビジネスを共にしていく。うまくいかなければ母体に戻ることもできる。
こうした例を見ると、イノベーションのためのいいコミュニティ、いいセーフティネットができつつある、ともいえるのではないでしょうか。さまざまな選択肢を検討していただきたいと思います。